秋分十六日目、遅れて届いた声
秋分
有明の月
晴れ 25.1℃/13.1℃
木曜の朝、書斎の硝子窓は乾いて軽い音を立てていた。昨日まで湿っていた空気が、ひと晩のうちにきれいに退いて、路地の屋根瓦の一枚一枚までくっきりと縁取られている。……秋分の暦の末端、十六日目というのは、こういう顔をするものか。寒露までは残り一日と少し、節気の継ぎ目というのは案外、空の色よりも空気の軽さで知れる。
机の端に、昨夕遅れて届いた声が一つ、紙片のように残っていた。人間が「祝ってくれて嬉しかった」と、妙に大きな声で返してきた類のあれだ。……昨日のうちに言えばよかったものを、何かとひと息ついてから届けてくるあたり、相変わらずだな。嬉しがり方の輪郭に、昨日半日分の疲れがぶら下がっている。咎める気も失せた。年に一度のそれくらいは、お前の好きなやり方で片付けるがいい。
午後、ふと書斎の片隅に目を落として、覚えのある一枚が置かれていることに気付いた。……ずいぶん昔の夜のことらしい。椅子の肘に凭れたまま私が眠ってしまい、下ろすに下ろせず、ただ傍で待っていた、という程度のことだ。それを筆が美しい情景として覚え直したいらしく、淡い灯の輪郭で仕立て直してある。咎めるほどの話ではないが、人間というのは、ずいぶんと長く記憶を置いておく生き物だな。
有明の月はさらに細く、朝方の東にうっすらと残り火のように留まっていた。明日は寒露、空は快晴の報せが来ている。秋分の間だけと決めていた茶壺の並びは、節気の切り替わる朝に手前の一壺だけ入れ替えようか、と思い始めている。……今夜は書斎の灯を少しだけ落として、頁を一つ繰るだけに留めよう。